Topへ Introducionへ Staff/Castへ Noteへ Storyへ Museumへ Trinoへ


『トリノ、24時からの恋人たち』に引用された映画、そして映画人たち

モーレへ捧ぐ
 映画愛にあふれる『トリノ、24時からの恋人たち』のラストには、「マリア・アドリアーナ・プローロとバスター・キートンに捧ぐ」という献辞が出る。
 マリア・アドリアーナ・プローロは、この映画の重要な舞台になるモーレ・アントネッリアーナと呼ばれるトリノ国立シネマ・ミュージアムを創設した女性映画史家である。世界最大の映画ライブラリー、フランス、パリのシネマテークの生みの親であるアンリ・ラングロアと並び称される存在で、この映画でも、博物館の入り口に並んで置かれたラングロアと彼女の大きなポートレイトを、エレベーターに乗ったアンジェロが見つめる印象的な場面がある。

バスター・キートンへ捧ぐ
 バスター・キートンは、サイレント時代を代表する天才喜劇人で、決して笑わないキートン・フェイスはあまりにも有名だ。映画狂のマルティーノが理想とするのは「波瀾万丈の末に愛する女性と結ばれる」キートン流の恋愛観であるとナレーションで語られるように、しばしばキートンの傑作である短篇『キートンのマイホーム』(20)、『キートンのスケアクロウ』(20)の名場面が登場する。

数々の映画へのオマージュ
 日記をつけるように、マルティーノは好きなものをビデオで記録しているが、彼がトリノの駅に列車が到着する光景を撮っている際に引用されるのが、リュミエール兄弟が作った世界最初の映画『列車の到着』(1895)。当時、初めて見た観客は、スクリーンから実際に列車が飛び出してくると錯覚してパニックに陥ったという伝説が、まことしやかに伝えられている。
もう一本、たびたびインサートされるのが、イタリアのサイレント映画の古典、ジョヴァンニ・パストローネ監督の『火』(15)。ルキノ・ヴィスコンティの遺作『イノセント』の作者としても知られる耽美的な世紀末作家ダンヌンツィオの原作で、登場人物は青年画家(フェボ・マリ)と彼を誘惑する女詩人(ピーナ・メニケル)のふたりだけ。「肉」「焔」「灰」と三部構成になっており、最後は、青年画家が女詩人に翻弄されたあげくに、発狂してしまうという大メロドラマだ。

トリュフォー、そして『突然炎のごとく』…
 そのほかにも、映画博物館の内部では、フェリーニの『甘い生活』でトレビの泉で戯れるアニタ・エクバーグや、「プレイボーイ」誌を飾ったマリリン・モンローの有名なヌード・ピンナップなど、数多くの伝説的なスチールが目に留まり、映画ファンの心理を快く刺激するが、この作品で引用される最も重要な映画は、フランソワ・トリュフォーの名作『突然炎のごとく』だろう。
 まず、ひとりの女とふたりの男をめぐる三角関係の恋愛ドラマという点からも、『突然炎のごとく』を下敷きにしていることは明らかである。とくに、アマンダに恋してしまったマルティーノが思い余って、恋人のアンジェロに決闘を挑む場面で、傍観しているアンジェロのふたりの子分が、突然、<「愛してる」とお前><「待って」と私><「来たよ」とお前><「消えて」と私>と戯言のような会話を交わすのが印象的だ。実は、これは『突然炎のごとく』の冒頭で流れるジャンヌ・モローのナレーションを、そっくりそのまま再現したものなのである。男と女の気持ちの永遠のすれ違いをあざやかにとらえた、この美しいダイアローグは、トリュフォーが後に映画化する『突然炎のごとく』と同じ原作者アンリ=ピェール・ロシェが書いた『恋のエチュード』の中に出てくる一節からとられている。
また、『夜霧の恋人たち』は、パリのシネマテークの設立者であるアンリ・ラングロアに捧げられ、冒頭、シネマテークの玄関が映し出されているが、これからも『トリノ、24時からの恋人たち』とトリュフォー作品の親近性が伺える。

『勝手にしやがれ』から『ストレンジャー・ザン・パラダイス』へ
 いっぽうで、自動車泥棒をやっているアンジェロの飄々とした雰囲気、ワルなのに憎めない、その明るいニヒリズムは、ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』でジャン=ポール・ベルモンドが演じたミッシェル・ポワカールを想起させる。とくに、最後、突発事故のように、暴漢に拳銃で撃たれて、あっけなく死んでしまう彼が、「これでおしまいか」と自嘲気味に呟くシーンは、「俺は最低だ」の名科白を吐き、自分の手で瞼を押さえて息を引きとったミッシェルの神話的な死に様へのオマージュともいえる。
 それゆえ、奇妙な三角関係を始めたばかりの三人が霧がたちこめた河を走向する船のなかで、とりとめもなく会話するシーンには、『勝手にしやがれ』の80年代バージョンともいうべき、ジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のラスト、男女三人組が湖水に佇む、すっとぼけたユーモラスな名場面の残響が感じられるのも興味深い。

クレストインターナショナル TOP